―皐月(5月)のことばー

『もまれねば この(あじ)()ぬ 新茶(しんちゃ)かな』

 

♪夏も近づく八十八夜…♪♪ 新茶のおいしい季節になりました。ペットボトルのお茶も手軽で良いのですが、やはり真心こめて供される一杯のお茶の味わいは格別です。

 

 今から千年以上も前の中国唐の時代に趙州和尚という禅僧がいました。その徳を慕って各地から入門を申し出る修行僧が集まって参ります。趙州和尚は誰が訪ねて来ても「お前さんはここに来るのは初めてかい?」とたずねます。「はい、初めてです。」「そうか、まぁ茶でも一杯召し上がれ!」と、もてなします。また別の者にも「来たことがあるのか?」「はい、前に一度だけ。」「そうか、茶でも飲みなされ。」とお茶を勧めます。そのうち院主(上位の修行僧)が「お師匠様、何ゆえに誰が来ても『茶を召し上がれ』なのですか?」と問います。すると趙州和尚は「院主さんや」「はい!」「まあまあ、お茶を召し上がれ。」と…。その瞬間、この院主さんは悟ったということでした。

 

これは『趙州の喫茶去(じょうしゅうのきっさこ)』という有名な禅問答のひとつで、「去」にはそれほどの意味はなく、強意の助字と思われます。それぞれ立場の違う三人に対し、ただ「喫茶去‼」と接したのは、趙州和尚には自他、取捨、過去未来などと相対する一切の差別を解き放った、無心の働きから極めて自然に「お茶を一杯召し上がれ」が発せられたのでしょう。そこには、凡聖、貴賎、男女などの一切の思量に分別の無い「喫茶去」なのだと思われます。60歳で出家し、80歳で悟り、120歳で亡くなられた趙州和尚も苦悶に苦悶を重ね、死にもの狂いの修行によってはぐくまれた滋味深い境涯は、ちょうど新茶のそれと似たものなのかも知れません。

 

禅問答・・・?

 

今月の表紙面では趙州喫茶去の禅問答を、そして先月の紙面には達磨大師から六代目の慧能禅師と南嶽懐譲禅師の禅問答を記してみました。禅問答は難解ですので何を求め、何をどのように答えたらよいのかが皆目見当もつかないものなのですが、少しずつでも慣れ親しんでいくと、理解できるとまではいかないものの、何となく爽快な気分にさせてもらえることはできます。ですからもう一つ引用してみましょう。先月ご登場の南嶽懐譲(なんがくえじょう)禅師とその弟子の馬祖道一(ばそどういつ)禅師のお話です。

 

馬祖禅師は、もう十年余りもひたすら坐禅三昧の日々を続けておられました。ある日のこと師匠の南嶽禅師は馬祖禅師にこう尋ねました。「おまえさん、どういうつもりで毎日毎日坐禅をしているのかね?」「仏になるために坐禅をしております。」と馬祖禅師は答えました。すると師匠はそばに落ちていた煉瓦を拾って石でごしごしと磨き始めました。「お師匠さま、瓦など磨いてどうするのですか?」「瓦を磨いて鏡をつくるのだ。」「瓦を磨いて鏡になるのでしょうか? いくら磨いても鏡にはならないでしょう。」その時、師匠の南嶽禅師はこう言われました。「坐禅をして仏になれるのか?」と。

 

この禅話は、坐禅を手段にして仏になりたいとか、さとりを得たいと思っていてはダメだ、目的のために坐禅をするのではなく、ひたすらにただ座る、それが坐禅の意義であると一般的には解説されます。人は坐禅をして幸せになろうとか、健康になろうとか、悩みを吹き飛ばそうなどと所得を求めがちであるが、こうした目的をもって臨むのではなく、ただ坐禅のために坐禅をするべきである、と。

 

確かに目的をもって坐禅を続けていくと、目的そのものが未体験ですので漠然としてつかみどころのないものなので、目的に近づけようがないのです。坐禅をしていても坐禅になりません。凡夫が坐禅をすることによって仏になる。A⇒Bに変化するものなのでしょうか?南嶽禅師は鏡を仏、瓦を凡夫と譬えたわけではありません。瓦は瓦のままで既に充分。それぞれの性質が、そのまま働きとなって鏡も瓦も素晴らしい仏であることを諭そうとしたのかも知れません。白隠禅師坐禅和讃にも「衆生本来仏なり」とあります。実は最初から私たちは仏なのです。つまり坐禅の姿は仏の姿なのです。坐禅をすることは仏の行なのです。さらに言うならば一挙手一投足、立てば立つところ坐れば坐ったところ、すべて仏でないものはない、というところです。「仏のこころ」で仏が飯を喰うて、仏が眠る。そんな自覚で坐禅をし、仕事をし、日々を過ごしてみませんか。清々しい一日一日、清々しい一瞬一瞬を生きることになるでしょう。

 

禅問答には私たちの日常的なとらわれやこだわりを木端微塵に打ち砕いてくれる、恐ろしいほどの力があります。それはそれらに登場する禅者たちがとらわれに対して全身全霊を打ち込んで戦ったそのパワーが秘められているからでしょうか。そして彼らの多くは、戦いの極限に達した瞬間に「安心(あんじん)」をむかえたようです。

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